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彼と私と彼の彼
■私 秋野 (アキノ ) 高専5年生→技術科学大三年編入 ■ゴータ 蓮見豪太 ゲイ 高専5年生→技術科学大三年編入 自宅は写真館 ■ヨギ 代々木雅文 高専講師→工学部応用工学准教授 ゴータの写真モデル 最新の記事
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事後報告で、母に旅行に行くと言った。
場所が海外なので少し躊躇して言うと、驚きながらも許してくれた。 週末に帰ってきた父にも伝わっていたみたいで、父がタイに住む知人に連絡を取ってくれた。 もしも何かあったら頼るようにと、住所と電話番号を貰った。 父の小さめのジュラルミンのスーツケースを借りた。 出張先の国のシールが貼られている。 そこにオレンジ色のバンダナを結んだ。 荷造りをしながらまだ見ぬタイを思った。 20歳を超えて一人でやってみたいと思った。 一人でどこまで出来るかしてみたかった。
旅行先は、タイに決めた。
暑い国に行ってみたい。 それもぼんやりとそう思った。 ハワイとか、グアムじゃなくて日本人の少ない国に行きたかった。 旅行に行けるのも今だけだと思った。 学校の帰りに代理店に行ってタイの小さな島に行くツアーを申し込んだ。 一人でも申し込めるツアーで、日本人が少ない島だった。 帰りの駅でぼんやりパンフを見ながら遠い島を思った。
やっと長袖を着られる季節になった。
学校では学園祭に燃える学生と、そんなのは関係ないと言わんばかりの学生に分かれていた。 私も、そんなの関係ないの側だった。 サークルにも入らないで、バイトに明け暮れていた。 別段、欲しい物もない。 女子大生の好むブランド品や雑誌で紹介のバックが欲しいとか、海外ブランドのお化粧品が欲しいとかの欲求も無かった。 旅行に行きたいと思っていた。 学園祭の時はちょうど休みも続くのでどこかに行こうとパスポートを申請した。 バイトで貯めたお金もそこそこあった。 駅前の旅行代理店でパンフレットを貰って、学食で眺める日々だった。 一人で行こう、もう一人で旅行くらい出来る。 自分ひとりでやってみたかった。
夏休みの終わりごろ、校舎の北側のベンチに座って、アイスを食べながらゴータとだれていた。
地域の高校生相手の学校紹介に借り出され、高校生の前で大学生活を語ると言う、大学生側からしてみれば、こんな夏に高校生相手に大学のPRに借り出されて難儀だった。 工学部を希望する男子は多いが、大学側は女子にも受験してもらいたいので、女子学生もいるからというPRのために借り出された。 女子で困る事ありませんか?とか質問されたが、学生課の職員がいる前で、学校側に不利な回答は出来ないので笑ってジョークを交えて話した。 時々職員を見ると、苦笑いしていた。 「この夏休みにさぁ、呼び出されてバイト代もでないんだもん、割に合わないよ」 ゴータはアイスをくわえたままジャンプを読んでいる。 「こんなことしたって、女子学生が増えるわけでもなし、うちの学校、それでなくても定員少ないんだし。」 ジャンプを読み終わってゴータが立った。 「お前、院に行くの?」 突然訊いて来た。 「院は行かないで就職すると思う。研究室で院に行く人が三人いるし、私は無理だろうと思っている。ゴータは?」 「俺、農工大を狙っている。一応国立だし」 「いいな、農工大」 「近いんだ、オカノさんの家に」 「彼氏?」 ゴータが頷いた。 未来にすこし希望のあるゴータが羨ましかった。 私は就職を考えていても方向が全くわからなかった。
駅前でアオキ君と別れた。
アオキ君が最後に、今度いい花器が焼けたらあげるよと言ってくれた。 深海みたいな青のがいいなと注文をつけた。 アオキ君が百万年早いよと笑顔で言ってくれた。 「今度、うちの学校来ない?学食でおごるよ、200円のカレー」 アオキ君が誘ってくれた。 「うちの学食は180円だよ、ポークカレー」 たわいない約束して分かれた。 暑い夜だった、熱帯夜だった。
花火はナイアガラが橋にかかってそれで終わっていった。
四人で欄干にもたれて花火を見ていた。 風があまりないので、花火の火薬の匂いなのか、きな臭い匂いが空気に漂っている。 アオキ君がグラスを籠にしまって片付けをしてくれた。 この後町は渋滞する。 花火を見終わった人の波に逆らって歩けないくらいに。 「お前、何時の電車?」 「臨時電車出るからそれで帰るから」 階段を下りながらヨギと話した。 ヨギは家に帰らずにオーナーの家に泊まっていく。 オーナーの部屋に戻ってキッチンでグラスを洗った。 残り物のワインに栓をして、冷蔵庫に戻す。 ソファーでヨギがオーナーと話し込んでいる。 別に気にはしないけど、耳がその会話を逃さないで聞いている。 アオキ君は、自転車で来ていたから、それに乗って帰るらしい。 私も一緒に途中まで帰る事にした。 下までオーナーとヨギが送ってくれた。 じゃまたね、と何もなかったようにヨギと普通に分かれた。 本当は、泊まって行かないでと言いたかった。 一緒に帰れない?途中まででいいからと。 まだ花火見物の観客が帰っていく。 そんな街をアオキ君の自転車を押しながら歩いた。 「気になる、ヨギさんの事。」 アオキ君が聞いてくる。 別にとそっけなく応えるけど、それはうそ。 「大丈夫だよ、手をだすなんてしないだろうし」 アオキ君のほうを見た。 知っているんだ?とアオキ君に聞いた。 「なんとなくね、でも、僕はノンケだし、その気もない。それは知っているみたいだし、オーナー。ヨギさんにどうこうってのもないと思うし」 コンビニに花火帰りの人が沢山入って行く。 それを赤信号で止まってみていた。 「遠くて会えなくて久しぶりに会ってもあまり話も出来なくて」 ポツリと本音が出た。 「寂しいとか感じる前に年齢が違ったり、環境が全く違うからどうにもならない」 喉の奥に熱いものが詰まっているみたいだった。 「どうなりたいのかとかそんなことの前に、付き合っているのかも解からない、最近は」 アオキ君に言ってしまった。 「距離に負けてない?」 「負けているとか言う前に、本当に好きなのかも時々解らなくなる、あまりに離れているから」 青信号になって歩き出す。 アオキ君はコンビニに自転車を置く。 「アイス食いながら歩こうよ」 アオキ君が買ってくれたアイスは甘くてリアルな味だった。 「好きなの?ヨギさんのこと。僕から見ると君だけが思いを募らせて入る気がする。ま、相手は大人だしね。30過ぎの男だし、大学生をいいようにあしらっていると思っていた、僕は」 アオキ君はずばりと見ていた。 悲しい花火見物だった。
大きな花火の音に驚いて後ろを見たら、椅子に座ってオーナーとヨギが話していた。
「花火を見ないの?」 「大丈夫、ちゃんと見ている。もう産まれた時から見ているから。」 ワインのグラスを持って屋上のフェンスに持たれて花火を見た。 大きな音が体に届く。 アオキ君が隣に来てワインに軽く乾杯をした。 「何を描いているんですか?」 私はアオキ君に聞いてみた。 「僕は描いているんじゃなくて陶芸」 「茶碗とか、つぼですか?」私はその分野が全く解からないので、そのままに訊いて見た。 「そう、花器とか茶碗。時々売れる物や頼まれ物を焼くけど」 「じゃ、ギャラリーにある花器もそうですか?」 「俺のに花を生けてくれたでしょ?びっくりした。オーナーが生けるわけじゃないし、誰だろうって思った。」 「ギャラリーにあったのを使わせて貰ったんです、花はどうにか生けられるから」 アオキ君との会話は楽しい。 学校の学友とは違う世界を持っている。 コンピューターと情報処理の話じゃない世界。 今度は何発も花火があがった。 音がうるさくて、体にまで響いてくる。 アオキ君の声が聞こえない。 私は顔をしかめる。 アオキ君も花火の音に喋るのを中断する。 花火はあがる。 空に絵を描きながら。 ![]() 7時半に白い花火が打ちあがって、それから花火大会が始まる。 屋上にアウトドアーの椅子と小さいテーブルを持ち出して席を作った。 住民の方々は他にひと家族が、ござを敷いて夕食をしながら花火を見ていた。 まだ、4歳くらいの女の子とお母さん、そしてお父さんの家族。 上の階に住んでいるらしい。 ヨギが女の子に手招きしたが、髭面が怖いらしくお母さんの影に隠れた。 私が呼ぶと、女の子はやってきて、小さいゼリー数個をあげたら、にっこり笑ってお母さんの元に戻った。 その後女の子が小さいおせんべいを持ってきてくれた。 私が受け取ると、走って親の元に戻っていった。 「ねぇ、君もあんな時があったの?」オーナが言う。 「もう忘れるくらい昔だから覚えてない」 グラスにワインが入れられる。 あまり飲めないので、あ、これくらいで・・・と止める。 途中大きなサイレンが鳴った。 サイレンが鳴ると三尺玉があがる。 漆黒の闇の中に煙が少し浮かんでいる。 その中をヒューンという音とともに花火が打ちあがった。 大きな音よりも先に目の端から端まで入りきれないほどの花火が花開く。 そして、耳を劈く音が届く。 そのあまりに大きくて、なにか心の中にまで届く花火を目に焼き付けた。 この8月2日の花火を。 ![]() 午後に駅ビルで買ったワインとチーズ、それに母が持たせてくれた枝豆を持ってオーナーの家に行った。 ドアーには本日の営業は6時までです と書かれた札があった。 何か用意する事でもあればと思って、先に行くとオーナーは買出しに行っていて、 アオキ君が店番をしていた。 アオキ君が、ヨギが2階の住居に来ていることを教えてくれた。 インターフォンを押して、こんにちはと言うとヨギが開けてくれた。 珍しくヨギはひげを剃っていない。 不思議そうに見ていると、夏休みだから授業ないし剃ってないと言う。 ひげのヨギを見たのが初めてだったので、驚く。 ヨギがアイスコーヒーを出してくれる。 勝手知ったる家のように、オーナーの家の物のありかを知っていると、なんだか落ち着かない。 ここに住んでいたのかとかんぐってしまう。 「夕飯は屋上でみんなと食べよう。あと、アオキ君も来るし」 まだ夕方には時間がある。 街中には山車が出ていて、神輿も出ていた。 商店街にはちょうちんが下げられていた。
夏休みのバイトは、社員さんが休みを取るのでその補助だった。
アサコさんの指示で他の人の仕事を受け継ぐ。 入力や出力を指示して、来客にお茶を淹れる。 昼食時前にはポットにお湯を満たして、給食弁当の受け取りをする。 宅配便を出す、受け取る。 郵便物を課に仕分けして届ける。 いつもの仕事の繰り返しだった。 お昼にアサコさんとランチに出た。 小さいバックを持って近所の格安の定食屋に向かう。 日差しが差すほどに痛む。 太陽の強さに背中が痛くて、夏だなって思う。 冷房の効いた定食屋の狭いテーブル。 日替わりランチを頼む。 今日は鯖の味噌煮定食。 冷たい麦茶を飲みながらアサコさんと仕事の話を少しする。 壁に貼ってある花火のポスターに、もうすぐ花火が近い事がありありとわかる。 「今年、どこで見るの?」 アサコさんが訊いて来る。 「友人の家の屋上で見ます。」 「そうなんだ、私は彼の家、気が重いんだ。家族紹介も兼ねてだし」 「あ、結婚の挨拶も兼ねてですか?」 「付き合っています報告みたいな・・・。彼、次男だから家は継がなくても良いけど、まだお姉さんが結婚してないから家にいるんだって。」 「家付き、車付き、親付き、小姑付き・・・ですね」 「だから気が重いっての!」 ちょうど定食が届いて話はそこで途切れる。 食事を終えて出て、自動販売機でコーヒーを買って戻った。 暑い午後になりそうな日だった。
大きなテーブルの端の席でヨギとオーナーが話しているのを聞いていた。
大学の美術同好会の卒展をここでしたいらしい。 その打ち合わせだった。 話に隙入る事も出来ないので、ギャラリーにかけてある写真を見ていた。 奥の机に座っていたアオキ君がこっちを見て少し笑う。 「何年生?」 「三年です、編入の」 「あ、技科大なんだね」 アオキ君が席を立ってこっちに来た。 「前に見たよ、ここで。年末の時。代々木さんの彼女でしょ?」 年末の納会にアオキ君はいたらしい。 もう忘れるくらい前の話だ。 「花火、見に来るだろ。ここからは良く見えるよ。」 話が終わったヨギが、私の頭をたたいた。 「ご飯食べて帰るか、みんなで」 もう夕方近い。 さっきまで日が差し込んでいたのに、もうシェードは要らない。 アオキ君がテーブルのグラスを片付ける。 シンクに運んだグラスを私が洗った。 アオキ君が布巾で拭いてくれる。 「生け花するんだって?オーナーが言ってた。前に凄いの生けてたじゃない。」 新年を過ぎた後、街の画家さん達の展示の時に大きな生け花をした。 客寄せの意味もあって、見た目に圧倒する花を生けた。 「家ではあまり生けないから、ここで生けると嬉しいんです」 アオキ君がダスターを干してからハンカチで手を拭いた。 青いチェックのハンカチ。ちゃんとアイロンが掛かっている。 ヨギが一緒にご飯を食べようと誘うが、アオキ君は、家で作品を仕上げたいので参加を断った。 オーナーと少し話して、私たちに少し会釈して帰っていった。 気を使わせたら嫌だなと思った。 アオキ君の白いシャツが交差点を渡って行った。
学校の帰りにあまりの暑さに本屋に寄った。
道に日陰が出来ない位に陽の高い時間。 暑さにやられそうなので、冷房の効いた本屋に逃げ込む。 雑誌を立ち読みして、新刊本を眺めてから文庫本を1冊手に取った。 漫画の単行本の混んだコーナーを通る時に、学生をよけて体をねじって歩く。 本から目を上げた学生と目があう。 向こうは誰だったっけと思い出す顔つき。 私は同じ学科の男子学生とわかったけど、話した事もないのでそのままにした。 レジで会計をして、店を出たら凄い熱気だった。 まるで熱い空気の中を歩んでいるみたいだった。 駅まで歩くのはさすがにつらいので、バス停でバスを待った。 みんな木陰に日陰を求めて入り込む。 バスは冷房が効いていて汗が一気に引く。 座って町を見ていると、オーナーのギャラリーの前で止まった。 ギャラリーを見ると白いシャツのオーナーと、ブルーのジャケットの男性がいた。 誰だろう・・・と思ってみたらヨギだった。 とっさにバスの降車ボタンを押した。 すぐ近くのバス停でバスが止まって、私は急いで降りた。 バスが通り過ぎた道を戻る。 ギャラリーのドアーの前で走ってきたのが解からぬように息を整えた。 ゆっくりとドアーを開けると、ヨギがこっちを見た。 いらっしゃいませ・・ オーナーが振り向きながら言う。 私を見てオーナーが驚く。 「バスから見えたから、バスを降りちゃいました」 ヨギが久しぶりだねと言う。 奥の机に男性が一人いた。 細身の男性で、私を見てから、グラスに入ったアイスコーヒーを持ってきてくれた。 ありがとうございます、と言っていただく。 男性は少し笑顔を見せてさがって行った。 新しいバイトの方なのだろうと思って、彼の入れてくれたコーヒーを飲んだ。 ヨギとオーナーが立ったまま話しをしている。 カウンターに資料を提示している。 話が終わって、ヨギが椅子に座る。 「久しぶりだね、もう夏休み?単位大丈夫だった?」 「完璧。一個も落とさなかった。」 「簡単な教科ばかり取ったんだろ?」 やはり話していると嬉しくなる。 会いたくても会えなかった分、話が出来るだけでも嬉しい。 「花火、ここで見ようね。アオキ君も一緒だけどみんなで見よう」 アオキ君? ギャラリーに新しく雇った学生だった。近くの美術大学の4年生。 すぐにアオキ君がオーナーの恋人なのかなと思った。 ![]() 試験は何とか通っていた。 レポート受理でOKの教科もあった。 それも難なく受理だった。 七月も半ばを過ぎると、梅雨がいつ明けるかが話題だった。 夏休みの計画でバイト情報誌を見ている学生も増えた。 私はバイトをふやすこともせずにいた。 ゴータと学食の前で会った。 久しぶりなので、ゴータから声を掛けてきた。 「元気そうじゃん、試験どうだった?」 何とかなりそうだと言うと、俺は1個落としたっぽいと。 県展が回って来るのを聞いて、ゴータに出したのかと訊いて見た。 もう、1回入賞すると、制覇した感じだから出してないと言った。 今何を撮っているのかと聞こうと思ったけど、耳のピアスと指輪を見て躊躇った。 「うまくいっているの?」そう訊いた。 いろんな意味があった。 ゴータの新しい都内に住む彼との事もある。 「お前は?おれはまぁ、ぼちぼちってとこ」 痛い腹はお互いに探らない。 花火の事を思い出して、ゴータに訊いて見た。 「ギャラリーのオーナーとこの屋上で花火見ないかって」 「オーナーとヨギとだろ?」 「俺、いいわ、行かない。なんか、ヨギに会うのがちょっと。」 「気にしているの?」 「そうじゃないけど、俺、ほかに好きな人いるしさ、彼に悪いって言うか・・・」 「私だけで行くよ、花火だし」 そんな事を話していたら、ゴータのクラス学生が来てさよならをした。 もうすぐ夏休みになる。
乗客に押されて、自分の駅で降りた。
シブヤに、じゃねと言葉少なに言った。 アーケードを通って家に帰った。 土曜日の夕方。 久しぶりに晴れた夕方だから、商店街も活気がある。 西瓜を今しがた切ったばかりなんだろう、西瓜の匂いがしている。 シブヤの言う事も解かる。 お前楽しいのそれで? 楽しいと思う事もないのは気がついていた。 でも、どうしようもない。 もうすぐ梅雨があける。 ![]() 教習所の帰りに虹が出ていた。 バスを待ちながら虹を見ていた。 その時、空を見上げたままの私に気がついて、空を見上げる人がいた。 みんな小さく、虹だ!とつぶやく。 共有している小さな幸せと時間があった。 駅近くに戻って本屋で本を買って電車に乗り込んだ。 席に座って本を開いて読み出すが、眠くて閉じてしまった。 隣の誰かが席を立った。 私はそのまま寝ていた。 また誰かが隣に座った。 体が大きいから男性みたいだった。 寄りかからぬように目を閉じた。 大きな駅に着いたらしく、乗客の出入りで空気が動いた。 目を開けて体を少し伸ばしたら、隣に座っている人に脚があたった。 見たら、シブヤだった。 「なんで、電車なの?」 「久しぶりだから、家に帰るから」 シブヤは家が遠いから寮住まいだった。 「おまえ、よく寝ていたよ。今日、自動車学校?」 私は頷く。 シブヤは白地のシャツに黒いジーンズをはいている。 足元には大きめのバック。 もうすぐ梅雨も明ける。 だけど、空気がまだ湿っている。 隣の大柄のシブヤの腕が私に当たる。 気にしてよけようと思ったけど、体を動かすと隣の男性に当たりそうなのでやめた。 シブヤが思い出したように言った。 「ゴータと会ってる?」 「なんで?」 「仲良いんでしょ?みんな言ってるから」 私は黙った。それは昔の話。ゴータには彼がいる。 「別に。友達だし。」 「じゃ、だれとも?」 電車の中でする会話じゃない。 電車が駅で止まった。接続の電車を待つので少しの時間停車する。 「ちょっと出て話さん?」 シブヤが腕を取る。 荷物を持って二人で電車を降りた。 駅のホームの策に寄りかかって次の電車までの間の約束で話をした。 シブヤがアイスコーヒーを買ってくる。1本渡してくれる。 「お前、誰か好きな奴いるの?」 「なんで?」 「いないんならと思って」 「いないんなら何?」 「映画とか行かん?誘っても良い?」 「友達として?それなら普通に言うだけじゃない、そんなんならクラスの男子と行く事だってあるし」 シブヤはため息つく。 「お前って、鈍いとか言われない?」 「なんで?」 「普通さぁ、男が一緒に映画行こうとか言われたら、意味解かるだろ?」 「そっちか・・・」 「そっちか・・・って?」 「ごめんね、好きな人いるんだ。あまり会えないけど」 「付き合ってんの?ゴータじゃなくて?」 「そう、10歳年上だけど」 シブヤが驚く。 「誰にも言ってないんだけど、大人の人と付き合っている」 「長いの?」 「学校の頃からだから、2年になる」 「知らなかった。お前、ゴータと付き合っていると思ったし。」 「誰にもいえないから、言ってない」 「誰にもって、既婚と?」 「違う。言うと皆にはやされそうだから言ってない。でもゴータも知っているし」 シブヤは当てが外れた顔している。 でも、シブヤにも本当のことは言えない。 「 大人となら、かわいがってもらってるの?」 急に胸をつかまれたようにドキリとした。 この意味を正しく話せはしない。話すのに躊躇した。 「まだ、学生だからそれなりに」 「ゴータとなら勝てると思ったんだけどなぁ。年上のがいるんだ。」 シブヤはちょっと泣き顔だ。 シブヤのシャツを少しつかんだ。 シブヤになら話せそうだと思った。本当のこと。思っている事。 「先生なの。うちの大学じゃなくて」 シブヤが驚く。 「じゃ卒業したら結婚するの?」 シブヤの話の飛びように驚く。 「しないと思う。ちゃんと仕事したいし。」 「お前、楽しい?あまり会っているみたいじゃないし」 私は下を向く。 「それって、付き合っているって言うの?」 シブヤの言葉が痛い。 もう少しで電車が来る。 夕方が近くなってきた。 ホームに入ってきた電車に乗り込んだ。 席は空いてないので、二人で向き合って立った。 帰宅のラッシュと相俟って混んでいる車。 シブヤは私がよろめかぬ様に腕を取って引き寄せた。 シブヤに当たらぬ様にするが押されてシブヤの胸に入ってしまう。 ヨギよりも大きい胸だと思った。 ヨギと違う匂いがした。
学科は眠くなる。
大学の授業が終わってから、学科を取る。 大学で疲れているから余計眠くなってくる。 おまけに、車に乗り出しても教官との相性もあるのだろうけど、妙な教官ばかりに当たる。 それでも順調に進んでいた。 教習所のホールでコーヒーを飲んでいたら、オーナーに会った。 お互いに驚いてしまう。 「なんか、妙なところで会うよね」 あのお泊りした日以来会っていないので、なんだか話しづらい。 「いま、免許取っている最中なんです。夏休み中に取れればいいかなって」 オーナーがどこまで行ったか訊いてくる。 もう少しで路上に出られる位だと説明する。 世間話をして、夏の花火をどこで見るかを話した。 毎年、オーナーの住まいのビルの屋上が開放されて、住人たちとそこで見るらしい。 昨年はヨギとオーナーとで見たそうだ。 私は家のテレビのニュースで見たきりだった。 「今年は一緒に見る?みんなで屋上で食事しながら見るんだけどね。」 「あのビルにお住まいの方と一緒でしょ?そんなに多くの人大丈夫なんですか?」 「全部で10人くらいしか来ないよ、うちのメンバを入れても」 「あそこからはナイアガラは見られないけど、他の花火はちゃんと見られるし」 「花火生で見た事ある?」 「子供の頃に一回だけ。もう忘れちゃったくらい前に」 夏の花火の予定を入れた。 誰か誘ってきてもいいよと言われたけど、誰を誘う相手もいなかった。
6月になっても晴れた日が多く、梅雨はやってこなかった。
夏休みに向けて免許を取ろうと自動車学校に申し込みを考えて、パンフレットを取りに生協に行った。 ちょうど新入生も夏休みにかけて運転免許を取る人が多いので、パンフレットの前に人だかりだった。 パンフレットをもらって、学食に向かった。 今日は駅前で買ったボンオーハシのパンとサンドイッチ。それにコーヒーだった。 パンフレットを見ながら食事していると、シブヤがここ座っていいかと座ってきた。 この前雨の日に送ってもらって以来だ。 頷いたら、トレイをおいてカレーを食べだした。 「お前、免許ないの?」 私はシブヤみて頷いた。 「バイト代たまったから取ろうと思って」 ふうん。 シブヤがカレーを食べながら、お前に取れるの?と言う。 やってみなきゃわかんないじゃない? シブヤが俺の紹介で入る?そしたら教習代安くなるよと誘った。 教習代が安くなるのならと、シブヤの紹介で自動車学校に行くことに決めた。 「お前、この前のギャラリーでバイトしてんの?」 シブヤが訊いて来た。 「知り合いの店なの、そこ。」 「あそこのオーナーかっこいいじゃん。寝たの?」 はぁ? 私はシブヤを見た。 「ばっかじゃない?知り合いと言えばすぐに寝たんじゃない?とか言うし。それにオーナーは・・・」 言いかけてやめた。 こんなやつにオーナーのことを喋っても意味がない。 「どうせ、いい女でもいるんだろうね。」 シブヤはカレーを食べ終えてタバコを出した。 「吸うなら向こうに行ってよ、食事しているから」 シブヤはトレイを持って立った。 「俺、今日5コマまでだから終わったら一緒に教習所行こう」 シブヤは席を立った。 5限終了した時に、廊下で待ち合わせて教習所に向かった。 乗り込んだバスは混んでいて、シブヤとくっつく形になった。 どこのかでホールで大会があったのだろう、ジャージ姿の男子学生と女子学生が乗っている。 大きな荷物が多くて立つ足場もないくらい。 背の高いシブヤは、天井につかまっている。 私はバスの揺れで立っているのもままならない。 シブヤが私の腰に手をまわしてホールドした。 驚いてシブヤを見ると、平然としている。 「危ないから」 シブヤのシャツに頬が当たる。 当たらないようにしても乗客に押されてしまう。 バス停を3個ほど過ぎたら学生が降りていった。 やっと席が空いて、余裕が車内にできた。 空いている奥の席をシブヤがみつけて私の手を取って歩き出した。 一番奥の席に座って一息ついた。 「ありがとう」 別に・・・ シブヤは前を見ている。 乗客が降りていく。 「お前、ゴータと付き合ってんの?他の奴が言ってた」 きっと高専から来た学生が喋ったのだろう。 ゴータには東京に彼氏がいる。 「どうかな。もう忙しいし」 「じゃお前今、フリー?」 「なにそれ?」 「合コンしたろ、あの時の院生やるよって言ったろ、その後どう?」 合コンの時の院生とはまったく連絡もなかった。 自宅の私の家に電話をかけてくることもなく、校内で会うこともない。 「なんもないけど、あれ以来。電話もないし」 「院生も何も言わないからどうしたんだろって思ったんだけど」 「シブヤは?うまくいってる?」 「俺はなんとか」 そこでボタンを押してバスを降りた。 湿気を含んだ夏の空気。 ゼニアオイの花が咲いている教習所の庭先を見ながら手続きをした。 「秋までには取れよな」シブヤが笑って言う。 本当に大丈夫だろうか・・・と私は思った。
部屋を出る前にオーナーが髪にキスした。
「もう、こんな事はしないよ。ヨギに悪いから。」 嫌と言わなかった私も心苦しかった。 まだ西の空に夜半にみた月があった。白い色の月がぼんやりと雲に掛かったりして空にあった。 「電車で帰れます。始発がもう出ているから」 オーナーに言うが、オーナーは少し車を走らせたいから、久しぶりにと駅を通過した。 「僕がゲイじゃなかったら、抱いていたと思う昨日は。悲しいかな体が反応しないんだよね」 オーナーがラジオをつける。バロックの音楽が流れる。 「いつも君はヨギと一緒だから話したくても話せなくて。」 私は黙ったままだった。 オーナーが信号で車を停めた。 「昨夜はごめんね。済まないと思っている。ヨギがいるのに泊めちゃったりして。」 いいです、私が自分で決めたんだし・・・ 「ヨギには話さないでください。余計な心配をかけたくないし、誤解するかもしれないから」 オーナーは解かったと小さく言った。 隣の駅のホームに駅員が立っていた。 電車が通り過ぎて行く。 踏み切りで待っていると生暖かい風が吹いてきた。 オーナーはまだヨギが忘れられないんだと思った。 でも私は何もできない。なにも。
朝早い時間に目が覚めた。
まだ、空は明け切っていなくて、群青と青の混ざった空だった。 背を向けて寝ているオーナーを起こさぬようにして静かに抜け出した。 服を着替えてから顔を洗った。 髪をブラシで梳かしてから、ダイニングの椅子に座って配達されたばかりの朝刊を読んだ。 あいも変わらずのニュース。 新聞を読んでいるとドアが静かに開く音がした。 「早いね、起きるの。まだ5時前だよ」オーナーがカーテンを開ける。 やっと群青の空が青くなってきた。 「おはようございます」と私が小さい声で言う。 オーナーが新聞を横から見ながら、 「ちゃんと眠れた?夜中に蹴ったでしょ僕を」 オーナーが笑っていた。オーナーが通りしなに髪をなでてくれた。 「家まで送るよ、まだ電車ないだろ」 オーナーがバスルームでシャワーを使う音がした。 コーヒーでも淹れようと思ったけどどこに何があるのか解らないので、そのままラジオを聴いていた。 途中、お手洗いに立ったら、オーナーが脱衣場でバスタオルで体を拭いていた。 背中には余分な肉はなく、ウェストは締まっていた。 鏡に映った私に気がついて、すこし笑った。 この体をヨギは愛したんだ・・・・と思ったらのどの奥に何かが詰まって出てこなくなった。 そのままお手洗いで少し泣いた。 オーナーが着替え終わる頃には涙をふいて出てきた。 何も考えない。何も思わない、そう思って。 食器を洗い終えたあと、オーナーが新たに泡のワインを開けた。 借りたTシャツは紺色のアディダス。 ハーフパンツはプーマだった。 シャワーの後だからまだ髪が少し濡れている。 「これはスプマンテ。あまり高いものじゃないけどね。」 オーナーがグラスに少しだけ入れてくれた。 オーナーが、飲ませてあげようか?と言う。 髪を気にしていたから、え?何!と思ったら、スプマンテを口移しされ た。 少しだけ唇から垂れてしまい、Tシャツが濡れた。 「これ以上はないからね」 口移しされたスプマンテを呑んだ。 初めて口移しされた。 落ち着かない顔をしていたらオーナーが、 「ヨギ、してくれないの?」と訊いてきた。 私は返事が出来なかなった。 「ヨギ、大切にしているんだね、君を。まだヨギ、君の中に入れてないん でしょ?まだ学生だから。」 私は顔をしかめた。 「大丈夫、僕はヨギを取ったりしない。ヨギはまだまだ迷っているのか も。学生の君に元ゲイがセックスなんかして良いのかなって。 なんかそんな感じがするんだ、ヨギと話していると」 本当の事だった。 何度もヨギと裸で抱き合ってもヨギはぺニスを私の中に入れてこない。 私のピッタリと閉じた股の間に入れて激しく動かしたり、私の口の中に出 すだけで、膣の中には入れない。 私が、入れても良いよと言っても、「コンドーム無いからね」と入れてこ ない。 でも、いつかは私の中に入れてくれると思っていた。 オーナーが髪を撫でてくれた。 「やっぱり好きな男のぺニスでいかせて貰いたいだろ?女の子の気持ちも 解るよ」 私は泣いてしまった。 好きだからヨギに抱いて貰って、ヨギが体に入って来て、私の中でヨギが 声をあげて精子を出して欲しいと願っていた。 だけど、ヨギのぺニスは私の中には入って来てくれないから、私は膣で感 じる事も出来ないでいた。 「僕はしてあげられないから」 オーナーがキスして抱きしめてくれた。 ヨギに恥ずかしくて言えない事は全部オーナーはわかっていた。 窓には少し欠けた月が出ていた。 茶色のリネンのシーツはパリッとしていて、オーナーの付けているコロン の匂いに男性の匂いが混ざった中で寝た。腕の中に入れて貰った。 オーナーが私の手を取ってトランクスの上から触らせた。 「女の子には反応しないんだ、この通り。いくら君がEカップのバ ストでもね」 オーナーがニッコリ笑って言う。 オーナーが何度か頭を撫でてくれて、額にキスしてくれた。 まるでおとうさんが娘にするようにやさしいお休みキスだった。 ガラスを拭き終わる頃には、アスファルトの道も乾い ていた。 オーナーがノートを閉じてから、ギャラリー入り口に 出して合った看板を下げる。 ドアの札をひっくり返し、クローズした。 「今日はもう閉めるから、上でご飯食べて行けば?」 オーナーが住居に使っている二階に招かれた。 ギャラリーのあるビルのエレベーターにオーナーが先 に乗り込み、二階を押す。オーナーの匂いがエレベー ターの中に強く感じた。 「なにを付けているんですか、コロン」 オーナーは少し笑って、貰いもんのだけど、気にいっ ているんだと答える。 雨の日の森のような重い緑の匂いに、スパイスの香り が混ざり合っている。 「好きです、この香り」私が言うとオーナーは少し 笑った。 「君の彼から貰ったんだ、前に」 オーナーは、開いたエレベーターのボタンを押したま ま言った。 ヨギがオーナーにあげたコロン。私は、胸が痛かっ た。 「海外旅行のお土産で頼んだら買って来てくれただ け」 オーナーが鍵を出しながら言う。 別に深い意味は無いからね、と。 それだけでも十分に意味が有る。 カーテンを開けて風を入れた。 生温い空気が雨上がりの湿った空気と入れ替わった。 隣の部屋にオーナーが行き、窓を開ける音がした。 リビングには黒いソファがあり、そこのはじに座って 待っていると、Tシャツにゆったりとしたパンツに着 替えたオーナーが箱を持って出て来た。 「ゴディバ好き⁉貰い物だけど、食べない?」 オーナーが開けてくれた箱には小さなトリュフがあっ た。 まだ、輸入されて間もない位のゴディバ。 色んな形のチョコレートが気品たっぷりに並んでい た。 オーナーが飲みかけだけどと、ワインをグラスで出し てくれる。 「あ、私あまり飲めないから」 「おいしいから、ご飯前に少しだけ」 夕飯はオーナーがレタスとキュウリとパセリでサラダ を作ってくれた。 くるみとナッツが掛けてあった。 皿に盛られたチーズ、レトルトのソースだけどと言い ながら作ってくれたタラコのパスタ。 二人でテーブルで、ゆっくり話した。 外では話せない事や、ヨギの体の事、愛し方も話せ た。 それはオーナーがゲイで、しかも同じ男性を好きに なったから話せる事だった。 もう、オーナーはヨギとしたいとは思わないと言って いた。 もう、ヨギの心が自分には向かない事も知っていた。 だけど、それは悲しい事でもなくて、私を怨む事でも ないと。 「君が色気ムンムンでヨギを押し倒すような女の子な ら恨んだかも知れないけど、ヨギがなんで君を好きに なったか解るよ。」 オーナーが笑うと心が痛かった。 ごめんなさいと心で何度も思った。 食べ終わってから、食器を私が洗った。 もう、9時を過ぎていた。 時計を見ていたらオーナーが泊まって行けば?と言っ た。 驚いてオーナーを見た。 「ゲイって事忘れないで」 家に電話したら弟が出た。 母は夜勤で出たから居ないらしい。 弟にアサコさんのとこに泊まるといったら、母は朝の 十時前に帰るからと言われた。 「お袋、帰る前に帰って来れば良いよ」 弟はお見通しだった。
昼間一点の雲の無いほどの晴れだったのに、授業を終える頃には黒い雲で覆われていた。
校舎を出るときにはもうバケツをひっくり返したくらいの雨が降ってきていた。 雨が糸のように降り、雨どいから滝のように流れている。 傘があってもこの雨じゃバス停まで行く間にぬれてしまうので、学食で雨宿りを考えた。 うどんを食べていると、空が一瞬青白く輝き大きな雷鳴がした。 小声で叫んでしまったらその声で男子学生が振り返る。 帰宅できない学生が学食に増えてきた。 空いている席が埋まっていく。 空を見ていると、シブヤがやってきた。 私を見つけると、空いている私の前の席に来た。 「すんげー雨、お前傘ある?」 シブヤに折り畳みが有る事を伝えると、貸せという。 「だめ、そのまま寮に帰っちゃうんでしょ。」 「車置いてあるから今日は。だから車とって来るから駐車場まで貸せ」 「駅まで送ってくれる?なら貸すけど」 雨が小降りになったのを確認して、シブヤは傘を借りていった。 濡れるとイヤだからとシブヤはトーとバックを置いていった。 車が校舎の出入り口に寄せられた。 雨を気にして乗り込むと、他の男子学生も一緒に乗り込んだ。 私が一番奥の席にされる。 「わりぃ、駅まで送って」 課がちがうが同級生の男子学生が三人の乗り込んで来た。 私を見て会釈するが知らない。 「アキノさんでしょ、高専から来た。」 ここでも高専が出てくる。 「この前、合コンしたんだよアキノの友人と。レベル高かった、アキノ以外」 シブヤが言う。 他の男子学生がオォーと声をあげる。 「アキノ以外OLさんとか看護婦さんで楽しかった。」 シブヤが大げさに話すので、他の男子学生が良いよなぁ・・・とつぶやく。 「今度友達紹介してください」 男子学生が言う。 「男でもいいなら、紹介するけど。」 「男はイイっす。女の子がイイ。同級生とかにいませんか?」 「高専の同級生はもう遠いし少ないから」 近くの駅で二人が降りた。 まだ、雨は降っている。 時々遠くで雷鳴がしている。 前の席の男子学生が、住宅街の私道の先で降りた。 雨が段々小降りになってきた。 空が明るくなって来た。 風に雲が飛ばされていく。 「お前、家どこ?」 「遠い、すごく遠い」 「いいよ、今日バイトないから送っていくよ」 シブヤがバックミラーから見ながら後ろの席の私に喋る。 だけど、家を知られたくないので、バイトがあるからと、ギャラリーのある場所を教えた。 街中に戻って、ギャラリーの前で車を降りた。 「ありがとう、助かった」 そう言って私はギャラリーに入っていった。 オーナーが店先に止まった車からわたしが出てくるのを見ていた。 「どうしたの?」 「同級生が車で送ってくれるって言うけど、家を知られたくないから、ここでバイトしているって」 オーナーはすべてを理解したようで、車の中のシブヤに向かって、にっこり笑って会釈した。 シブヤが車を発進させた。 「すみません。こんな事で来ちゃって」 オーナーが別にかまわないからと、言ってコーヒーを淹れてくれる。 オーナーは今日はラベンダー色のリネンのシャツの袖をまくって、黒のチノを履いている。 シャツの下には薄いブルーのTシャツを着ていて、大き目のシルバーのネックレスをしている。 ギャラリーは日本画の個展の最中だった。 黒い闇の中に咲く大きな百合の花。秋の草花の中に蹲っている鳥。ダリアの赤く燃えるような色。 窓ガラスにまだ水滴がついていた。 夕方の空は雲が飛ばされて、夕日がまぶしい。 「後で、ガラスを磨きます、お礼に」 雨で汚れてしまったギャラリーのガラスをオーナーが見た。 あ、おねがいしょうかな。 ギャラリーの窓を見ながらオーナーが話す。 「ヨギ、元気だった?」 「はい、ちゃんと授業していました、受けてきました、他の学校の学生だけどバレなかった。 それに当てられちゃいました」 オーナーが驚く。 「あ、今度一緒に呑みましょうって言ってました」 オーナーが笑う。 考えると、私たちはヨギを通じての間だと気がついた。
今日は学校の授業を終えてなので、駅まで車で送ってもらった。
駐車場で車に乗り込み、教職員住宅を出る。 ヨギは出口で知り合いがいたらしく、頭を下げて挨拶をした。 まずかった?と訊くと、大丈夫、うちの学生じゃないからなんとも無い。 ヨギが車を走らせる。 窓を開けて少し風を入れる。 明日は休みだからこのままどこかにも行ける。 だけど、どこに行くあてもないし。 車をヨギが高速に入れた。 「家まで送るよ。そうすれば話せる」 窓を閉めて高速のゲートをくぐった。 「通信系の会社とか、研究所に希望か?県外だろ?」 「そうなると思う。全部東京とかそのあたりだし」 ヨギは、私が少し希望のある会社名をあげる。 そのひとつには入れればいいのだけど、男子しかうちの学校から行っていない。 OB訪問も道が細い。 高専のある町を過ぎた時に、ヨギが思い出したように言った。 「ギャラリー最近行った?」 少し前に行ったことを話すと、それか・・・と返事が来た。 「オーナーが今度飲もうって。お前も来いって言ってた」 「いいの?」 「いいんじゃない?知らない仲じゃないし」 「この前、オーナーに話したんだ、検査のこと。そしたら、俺は勇気ないからって言ってた」 ヨギは黙っている。 「俺も勇気いったよ。大学の合格発表見る感じだった。合格じゃなきゃダメなんだけどな」 高速を走る車のテイルランプが赤く繋がっている。 途中のサービスエリアに車を入れた。 大型のトレーナーが数台止まっていた。 蕎麦を頼んで、二人で食べた。 どこかに行くのだろう、小さい子どもを連れた家族が隣にいた。 高速のサービスエリアには旅行に行く人と、仕事で立ち寄っている人。 空気が違った。 旅行に行く人の温かい空気。仕事で立ち寄っている人の固い空気。 私たちはどこにも行かない。 熱いコーヒーを買って車に乗り込んだ。 大きな満月が雲から出てきた。 ヨギが満月だよと言う。 月に向かうように車を走らせた。 「学校、何教えているの?」 「物理学入門とか1年生の授業が多い。」 「物理なんか嫌われ授業だし、だけど一般教養で必要だから仕方なくでているみたいで、ま、手ごたえ無い。 寝ている奴もいるし。」 「注意しないの?」 「授業を妨害しなきゃいいんだし、出席していればAをやるから」 「高専の時、そんなに甘かったの?」 「高専は、厳しくした。だって、それ専門で来たんだし。大学と高専じゃ意識違うよ。高専の4年生と大学の1年じゃ意識違う」 月がまた雲に隠れた。 「こっちの大学は楽しそうね。」 「女子学生も多い。」 「それって、なに?」 「別に」 「高専から見ると、女子学生が多くてびっくりする。化粧しているんだもん、OLみたいに」 「食べた?」 ヨギに意地悪く訊いてみた。 「元ゲイの先生って好かれると思う?無理じゃないの?誰も食ってない」 「カミングアウトした?」 ヨギに訊いた。 「親にも学校にも言ってない。数人の友人とお前とゴータくらいだよ。親になんか話せないよ。俺は昔男と寝てました!なんてね。母親なんかそのまま卒倒しそうだし、父親は脳出血確実。一生話す必要も無いと思う」 ヨギが車を左車線に寄せる。 もうすぐ高速を降りる。 高速から私の家は近い。 ヨギが街灯の下で車を止める。 「家の近くまでは送らないから。」 ヨギがゆっくりとキスしてくる。 膝に手をおいたままされるままになっていた。 「また会おう。今度は勉強でも教えてやるよ」 口の端っこだけあげてヨギが笑った。 ヨギの車が、私を追い越していった。 今日は実家に行くらしい。 あのお母様とお父様の住む大きな家に。 雲が風で飛ばされて大きな満月が出ていた。 ![]() 今年も桜が咲いた。 好きなひとと、桜の下をそぞろ歩きしたい。 小金井公園は私の家から近い。 時々プールで泳いだり、散歩したり、草の上にシートをしいて紅茶を飲んだりしている。 私のハイドパークならぬ、セントラルパークの気分。 今年も桜が咲きました。 この樹は公園で一番好きな樹です。 その桜の樹の花を。
学校を出て、ヨギに貰った紙を見た。
ヨギの住まいへの地図だった。 学校の敷地内にある職員住宅。 その地図だった。 それをノートのファイルに入れて、そのまま海のほうへと歩いた。 ずいぶん歩いたらやっと海が見えた。 防波堤に沿って歩いて、海岸に下りる道から海に向かった。 風が吹いていて少し肌寒い。 犬の散歩をしている人、そぞろ歩きをしている人。 砂地を歩いたら靴に砂が入る。 遠くに夕日が見えている。 あぁ、遠くまで着ちゃったなと思って海を後にした。 来た道を戻って、ヨギの宿舎に向かった。 棟の番号を確認して3階のヨギの部屋のインターフォンを押した。 しばらくしてヨギが出てきた。 「どこに行ってたの?」 ヨギが部屋に招き入れる。 海 私は一言だけ言う。 玄関で靴を脱いできたら、ヨギが抱きしめてくれた。 「どうしたの、急に。」 下をむいたまま私は黙った。 「五月病?」 そうかもしれないと思った。 友人はいなくなり、学校に自分の居場所を見つけるものやっとだった。 黙っていた。 ヨギが図星?と訊く。 返事を待たずに柔らかい唇が押さえつけられた。 レースのカーテンが風に揺れている。 細く窓が開いている。誰かの自転車の音、子どもの声。 ヨギの背中に手を回して髪の毛を少し撫でた。 ぴっちりと閉じた太腿の間の隙間にヨギが入ってくる。 決して、私の中には入ってこない。 いつものこと。 先に風呂場を使わせてもらう。 もう夕方を通り越している。 ヨギが窓を開けた。 どこかでへたくそなバイエルのピアノの音がしている。 ヨギが大きめの石みたいものを持ってきた。 「これが仙人」 誰かが亀の甲羅に仙人と書いてあった。 亀は床を這いながらベッドの下に逃げ込もうとする。 ヨギが持ち上げてケースに戻した。 「もう、院に行くか就職かきめなきゃいけないのに、何になりたいかぼんやりとしかわからないの」 ヨギがコーヒーの入ったカップを渡してくれる。 「じゃ、何しに高専にきて、大学に編入したんだ?流されただけ?」 何をしたかったのかと聞かれ返事に窮した。 「誰も行かない学校に来たかったの、中学の頃。学校の誰もが受験しなかったから受けたら受かったの。 今は・・制御システムの事をしたいと少し思っている。だけど、女だと採用が少ないけど」 「情報通信社とか行くのか?」 「それは希望だけど、採用少ないし。出来れば、学校の先生でも良いと思っている」 「中学とかの理科の先生?飽和状態だよ、今は」 ヨギが隣りに座る。 半袖の腕が私に当たる。誰にも触る事もないので、ヨギに当たっているっだけでも嬉しい。 ヨギの骨ばっている腕が肩を抱いてくれた。 「教職を取ったら本当にきつくなるよ」 ヨギが髪を撫でてくれる。 私の髪はずっと伸ばしたままだから肩甲骨位まである。 だれも撫でてくれない髪をゆっくりとヨギが撫でる。 どこかの家はカレーみたいだった。家まで匂いが届く。 「このカレー、子どものいる家のカレーみたい。匂いが甘口」 二人で鼻をひくつかせてカレーのにおいをかいだ。
空いたバスは春の街中を通って行く。
山が淡い緑色になっていて、時々白く見えるのは山桜。 バスは海辺の街に向かっていく。 終点で降りて、大学行きのバスに乗り換える。 大学前でバスを降りる。 沢山の学生に混ざって私も降りていく。 単科大学と違って学部の多い学校だから、校舎が広い。 門を入ってから、ヨギに言われた校舎を探す。 わからないから学生に聞くと親切に場所を教えてくれる。 新入生だと思ったのだろう。 校舎練を探して教室を確かめると、学食に向かった。 自分の大学よりも広くて、学生も沢山いた。 女子が多い・・・と思った。 券売機でチケットを買って、トレイを持って並ぶ。 空いている席を探して食事をする。 誰も私を知らない大学。 ゆっくりとひとりで食事しながら、近くの学生の話を聞いていた。 ゼミの話、バイトの話。単位の話。 食後は窓際の椅子に座って時間まで授業案内を読んでいた。 授業開始少し前に、3階の教室に向かった。 中ほどの窓際の席を取った。 自分の大学の教室よりも大きい。 三々五々学生がやってくるが、ノートを広げている私に誰も気を留めない。 おおきな教室なのに、学生は少ない。 チャイムがなり、遅れてヨギが入ってきた。 急に懐かしくなり、すこし下を向いて笑った。 出席は取らない。 物理学入門の授業。 高専で4年生の時に単位取得している。 ヨギが、クラスを見渡す。 中ほどにいた私に気がついたのか視線が止まった。 私は驚いて下を向く。 自分よりも幾分若い学生に混ざって授業を聞いた。 取らなくてもいいのに、ノートを取った。 後ろから見ると、教科書以外の本を読んでいる学生もいた。 寝ている学生もいる。 高専との時は授業中に他の本を読むのは出来なかった。 居眠りも出来ない。 場所が違えば、ひどいなと思った。 ヨギがボードに書いているのを、ノートに取る。 真面目に聞いていると、こっちを見た。 「じゃ、そこの窓際の女子。青の服の」 私が当てられる。 教科書ないのに、どうしよう。 焦ってヨギを見る。 なんで、わたしにかけるの?どうして?と不安になる。 他の学生が見る。 「この係数はなんていう?」ヨギがボートの数字の配列と仕組みを書いているのを示す。 「フィボナッチ係数です」 「はい、OK。よくできました」 ヨギがにっこり笑う。 みんなにばれたらどうしようと思って赤くなった。 授業中寝ることも出来ずに真面目に聞いた。 ヨギはちゃんと説明しながら進んで行く。 終了のチャイム前に、授業の切れがいいので、終了になった。 礼をして、ヨギが教室から出て行った。 ノートを他の学科の教科書の間に挟んで、バックにしまう。 教室を出たら、ヨギが男子学生と話していた。 その横を通り過ぎて、校舎の出口に向かった。 後ろからヨギが、「おい、そこの」と呼ぶ。 振り返ると、意地悪そうに笑っている。 「どう、物理は得意そうじゃないですか?」 嫌味ったらしくヨギが言う。 1年生の授業を3年が受けているんだから、そんなのは簡単だ。 「よくわかる授業でした。」 ヨギが1枚の紙を渡す。 「ここに参考文献が書いてあるので、よく読んで置いてください」 渡された紙には、地図と時間が書いてあった。 その地図をバックに入れて、礼をしてから私は校舎の外に歩いていった。 ヨギ、ちゃんと授業するんだ。 それもわかりやすく。 ちょっと嬉しかったのと、なんで高専のころヨギの授業を取らなかったんだろうと思った。
バスに乗る前に、研究室に電話をしてみようと思った。
ヨギのデスクに通じる番号かけてみた。 内線に繋がる音がして、5回コール目で男性が出た。 ヨギの声に似ている。 「私、高専の秋野と申しますが、代々木先生に用がありましてお電話致しております」と事務員を装ってかけた。 「アキノ?なに?俺だよ」 やっぱりヨギだった。 一応、研究室に繋がっているので緊張する。 「あ、すみません。別に話はないんですけど、ゴータがかけなさいって言うので」 初めて仕事先に電話した。 ゴータのせいにした。 「大丈夫だよ、ここ俺しかいない。」 ヨギの声を聞いたら、涙が出た。 知っている人に会いたかった。 「元気?」 「あぁ、このあと1コマ、午後に1コマ授業がある。」 「それ、受けてもいい?わたし、ヨギの授業受けてないから」 「お前どこ?午後のクラスはおおきな教室だから大丈夫だよ、ばれない」 「バレても先生が気がつかなかったらいいんだから。」 ヨギが午後の授業のある教室番号と時間を教えてくれた。 急行バスに乗って、ヨギの大学のある街に向かった。
科目登録を控えての金曜日の授業。
空は甘く晴れて、春らしい陽気だった。 朝から、珍しくスカートをはいた。 高専の実習ではしゃがむ事が多かったから、スカートはあまりはかなかった。 今日はオリエンテーション。 1コマだけで終わる。 学校に早めに着くと、ゴータがクラスの男子学生と話していた。 私を見ると右手をあげる。 シルバーの指輪が見えた。 ゴータの隣に行って、おはよ~~と言う。 一緒にいた男子学生は見た事もない。 高専からの編入じゃない。 オリエンテーションは3人で並んで受けた。 科目登録の話、就職の話。 研究テーマと、研究室の件。 ちゃんとメモを取っていたのは私くらい。 外は気持ちよさそうな春の日だった。 隣にいる男子学生と、海行きたいよね、なんだか・・・そんな事を話していた。 ここから海に行くのは、電車に乗って・・・と考えていたら、ヨギの行った大学を思った。 ヨギの大学は海が近い。 ヨギの研究室から海が見えるかな・・と思ったら、急に涙がでた。 ヨギ、いないんだ。もう遠いんだ。 女の子の友人もいなクラス。 一人にされた気分がして、もうやりきれなくなった。 うつむいて、資料を見ているふりしてすこし泣いた。 途中で鼻をすすった。 ハンカチで目を拭いていると、ゴータが、「コンタクト痛む?」と訊く。 私は黙ってうなずく。 見上げると先生がこっちを見て心配していた。 「コンタクトですか?」 私は、ちいさくはいと答えて、笑った。 私はコンタクトはしていない。 ゴータが泣いている私を見て、気を利かせた。 ガイダンスが終わってから、ゴータが、「何泣いてたの?」と小さい声で訊く。 「男に捨てられた?」 「男って誰よ?」私が怒ったようにいう。 「ヨギ」 ヨギとはそのままだった。 何も進化もせずそのままだった。 「ヨギんとこの電話番号、知ってる?家の。あと、研究室も?」 「知らない」 「お前、聞いてねぇの?よくそんで連絡とっているよね?文通でもしてんの?」 ゴータが手帳からヨギの家の電話番号と、研究室の電話番号を書き出してくれた。 「電話してみれば?」 「どこに?」 「ヨギんとこ」 「なんで?」 「お前、元気ないもん。ヨギに振られたかと思った、他に男でも出来て。」 私が黙ると、ゴータが、そんなことないからと言い訳する。 歩きながらゴータと話した。 もう周りが男子学生ばかりだけど、そんなのは気にしないでゴータと歩いた。 スカートなので、脚がスースーした。 ゴータがバスの時間を調べている。 「急行のバスで行けば、早くつくよ、それに安い」 「どこ行くのよ?」 「ヨギの大学。」 「もう、授業してんじゃないの?大学大きいし学生だからバレないよ」 私はヨギの授業を取った事がなかった。 受けてみようか・・・。 そんな気持ちで高速バスに乗った。
春は新学期になじむ程に過ぎていった。
気がつけば半袖。 私は何になるのだろう?と自問していた。 研究テーマが決まって、先生に指示を仰ぐ。 このまま流されていくんだろうな、私も。 駅のホームに立ちながら、過ぎていく特急電車を見送った。 風でシャツがたわむ。 私は何になるんだろう。 何になりたいんだろう。 とりあえず、試験には受かる事、それしかなかった。
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